はじめに
編集の仕事に就いて30年,専門学校で若い人に編集を教えて14年,編集会社を作って8年になる。
私が編集という職業を選んだ理由はいくつかある。まず時代の先端を行く,いろいろな人に出会える職業であること,つねに新しい素材・内容・テーマに取り組む仕事であること,いつも世の中の動きや本・文章に接していられる職業であること,就社ではなく文字通り就職したかったこと,つまり一企業やある会社の利益のための仕事ではなく世の中や社会に働きかける職業に就きたかったこと,などである。実際にはその通りにはいかないが,そういう性格を持っている職業であることは間違いない。
しかし人生は一度しかない。若いときはだれもどんな職業に就こうかと迷う。自分なりに決めてみても,果たして自分に向いているか,適した仕事であるかとまた悩む。選ぶことは他を捨てることだからだ。
私は迷い悩む学生をたくさん見てきた。職業の選択というテーマは確かにむずかしい問題だ。ただ言えることは迷い悩んでばかりいて少しも前に進まない人間は阿呆だということだ。人は必ず自分なりの興味・関心のあるものを持っている。そこから出発すればよい。若い人を見ていて気になることはすぐに諦めてしまうことだ。どんな職業でも一人前になるための苦労や辛いことがある。それが多ければ多いほど優秀な人間になれるのだ。「艱難汝を玉にす」だ。
私の授業のテーマは雑誌作り。企画の立て方から印刷までの基本を教える。みんな講義はきちんと聴く。しかし実際に企画を立てたり,取材や文章作り,レイアウトといった実践活動になると途端に悩み始める。「先生,できません!」とくる。すべて新しい作業だ。初めからうまくいくわけはない。そういう壁にぶつかると「果たして自分に合った職業か」と悩み始める。まだ何もやっていないのに悩む。さらに悪いことに悩んでも焦らないのだ。学生は親から仕送りを受けている。とりあえず生活には困らないからだ。
私は辛抱強く付き合う。教えることは楽しい。しかし育てることは忍耐がいる。一人ひとりの悩みを聞く。レベルが低くても本人にとっては真剣な問題なのだ。1年じっくり付き合う。学生はだんだん夢中になっていく。そして卒業のころ1冊の雑誌ができあがる。卒業制作作品だ。
作品の中身はたいしたことはないが,学生は見違えるように大人になっている。何人かの見知らぬ人に会い,話を聞き,写真を撮り,文章を作り,紙面にまとめる。こうした作業を通して,仕事の手順を覚えるだけでなく,人間的にも大きく成長していくのだ。
卒業後,全員が編集者になるとは限らない。しかし雑誌作りを通して,世の中の一面を見,社会のルールを知り,一つのことに真剣に取り組みながら,ものを作り上げていく喜びを味わったことは間違いない。また,自分なりの自信みたいなものを見つけたことも事実だ。
本書は,私の編集経験とくに14年間の編集講師経験から,編集者を志す若い人に伝えたい内容をまとめたものである。
編集は知識・技術だけでなく,意欲や姿勢,生きざまなど,精神的な面が大切である。本書はどちらかというと編集というものの考え方が中心となっている。
読んでいただければ,編集という仕事がどれだけ魅力的な職業であるか,わかってもらえると思う。
私の会社では,毎日のように見知らぬ人からE-メールが届く。自社のホームページを開設し「YAHOO!JAPAN」や「goo」などの検索エンジンに登録してあるせいだが,そのメールの中でも就職の問い合わせが圧倒的に多い。小社のような地方の小さな編集会社にも問い合わせが頻繁にあるということは,それだけ編集者になりたい人が大勢いるということだろう。
本書は「こんな人材がほしい」という若手編集者を採用する立場からのメッセージでもある。期待される編集者像のガイダンスでもある。「こういう知識や技術・考え方を持った編集者なら採用するよ」という私の思いが込められている。
早く一人前になりたい!