AJEC18期6月編集講座「編集の基礎~工程と役割~」を受講して

【講義内容】
◎オンライン講座
 「編集の基礎~工程と役割~」
     講師:藤本 隆(ふじもと・たかし)
        (株)ネベッセコーポレーション  ものづくり推進本部

【講師略歴】
ベネッセグループの編集専門会社にて編集業務に長年携わり、2024年度よりベネッセコーポレーションに勤務。学習教材をはじめ情報誌、フリーペーパー、教育系タブロイド、資格系教材、広告チラシ、フライヤーなど、広範な印刷媒体の制作に携わり、原稿、記事の執筆、イラストレーション、DTPデザインも行う。また長年、編集者育成研究の講師を務める。
著書に『印刷発注の基本がわかる本』(日本能率協会マネジメントセンター)。

 AJECの第18期の6月のオンライン講座は、藤本隆さんの「編集の基礎~工程と役割~」でした。藤本さんは、AJECの編集講座では、編集者に必要な基礎知識を丁寧に解説してくださり、定番の講座になっています。昨年までの藤本さんの担当の編集の基礎講座は以下のとおりです。

・2021年度
 第1回 編集製作工程と編集者の役割
 第2回 校正記号と校正補助ツール
 第3回 漢字の歴史と文字コードとフォント
 第4回 フォントとDTP組版
 第5回 レイアウトとデザインの基礎
 第6回 編集者に必要な著作権の知識

・2022年度
 第7回 編集の基礎-工程と役割-
 第8回 印刷・製本の歴史と現在
 第9回  文字処理とAI校正システム

・2023年度
 第10回 編集の基礎─工程と役割─
 第11回 構成の進め方と構成記号
 第12回 生成AIと編集者のこれから
 第13回 レイアウトとデザインの基礎

 そして、今回の14回目の基礎講座が「編集の基礎~工程と役割~」になるわけです。今後、藤本さんの講座がいつまで続くものなのかはよく分かりませんが、編集者の基礎を理解するためには、とても参考になる講座です。私は、今回で、同じ講座を4回聞きました。少しずつ印象が変わってきました。当然、時代も変わり、出版界自体の変化もあり、編集スタイル自体も変わりつつあります。特に生成AIが登場し、いままでもAIを利用していたけれども、システムの内部だけではなく、日常業務のなかで普通に使われるようになってきたところが大きな変化になっています。

 以下、藤本さんの講義の内容を簡単に紹介します。

<講義内容>
1 印刷と組版の歴史
2 工程の設計(本をつくる工程についての考え方)

・各工程の目的は何か
・何がスタートラインで、何がゴールか
・どんな専門性を期待するか

3 一冊の本ができるまで(6工程)
 ※「企画(内容)」と「規格(形式)」は、常に表裏一体の関係

① 企画立案/② 原稿準備 → 編集
③ 組版/④ 製版 → プリプレス
⑤ 印刷 → プレス
⑥ 製本 → ポストプレス

4 各工程の詳細

・編集者の仕事と協力者
・デジタルでのプログラム開発(今後の工程管理にも参考になる)

5 編集者の立ち位置 

・編集者は扇の要・後工程はお客様

6 編集者に必要なもの

① 基本的な編集スキルと、複雑な流れを整理して進める段取り力
② クライアントはじめ、各工程のプロフェッショナルとスムーズなやりとりを進める交渉力
③ 担当するテーマ・分野に対する深い専門性と、担当するテーマ・分野を広い視野で位置づける幅広い知識
  →各工程における作業内容の理解と、各工程で扱う専門用語の正しい理解

7 生成AIの時代へ

・人間の思考・自然なやりとりに一気に近づいた生成AI
 →しかし、最先端のAIといえども「編集」しないと使えない(編集力の重要性)

8 まとめ──編集者と制作工程の理解があれば

① クライアントや制作に関わる各プロフェッショナルと精度の高いコミュニケーションができる。
② 無理・無駄がなく、コスト的にも優れた工程設計ができ、スムーズでリスクの少ない制作が進められる。
※くわしくは、過去のレポートを参照してください。


<感想>
 藤本さんの編集講座を視聴していて、いつも感心するのは、分かりやすいスライドづくりだと思います。そのスライドは、藤本さんの説明を見事に具象化しているのです。現在「言語化」という言葉が流行っていますが、藤本さんの講演では、言語化の前に(もちろん制作過程では反対だと思われますが)、視覚化され、それが言語化によってさらに詳しい知になっていると思います。この講座を視聴すると、一冊の本がどのようにでき、それには多くの人が関わり、そのなかに編集者がどんな大きな役割を果たしているかを知ることができます。

 今回も、本の制作工程の特徴と編集者の役割、必要な技術や知識について分かりやすく解説されていました。内容は前期とほぼ同じでしたが、違った面白さもありました。時代の変化に伴い、出版界や編集スタイルも変わりつつあります。特に、デジタル化と生成AIの登場は大きな変化です。

 藤本さんが工程を6つに分け、それぞれの役割を詳しく説明したのは、単なる分類ではありません。工程に分けることにより、「各工程の目的は何か」、「何がスタートラインで、何がゴールか」、「どんな専門性を期待するか」が明確になり、前工程の成果物が、後工程の材料なることを理解し、編集者の役割である工程間接続をボトルネックやリスク源にしないことを常に考慮することができることを強調したかったからだと思います。このことは、「デジタルでのプログラム開発」という項で、各工程での役割に応じて「想定もれのない検討と万全な準備」、「手戻りのない工程の進行」、「品質向上でなく品質保証のチェック工程」などのスムーズな進行管理にも応用できると強調されていました。

 また、「企画」と「規格」について、特に編集者の心構えに関わることとして、「どんなに見栄えが良くても、企画が悪ければ読まれない。どんな優れた企画も、的確に具現化されなければ伝わらない」と述べられ、「構想」と「設計」は一体であり、両輪であるとも強調されましたが、この「企画」と「規格」を具現化していく過程こそが工程です。あるいは、すべての工程を通じて「企画」と「規格」が実現していくのだといえます。そのためにも工程の理解と管理が重要にもなってくるのであり、そして、「手戻りのない工程の進行」とは、「企画」と「規格」を編集者と協力者が常に共有、確認できていることによって可能になるのだと思います。そのためにも、扇の要になる編集者の役割は、とても重要です。

 今回の藤本さんの講座では、明治以降の近代的な印刷と組版の歴史を通して、活版からオフセット印刷、オンデマンド印刷などへの技術の進化を踏まえながら、特に紙の出版物の製作過程を編集者の目から再度整理し、各工程の特色を説明されていました。私の個人的な編集体験としては、ほぼ活字組版は終わり、写真植字組版が主流になってからの編集に関わってきました。まだ、デジタルとは無縁の世界です。だから、「写植とガラス文字盤」などはとても懐かしいものでした。文字の修正は、現在のデジタル時代と違って、印画紙の文字を切り貼りしていたことを思い出します。まさに、コンピュータの操作ではなく、糊とハサミで修正していたわけです。それから半世紀が過ぎました。

 現在は、出版の世界は、ほぼ完全にデジタル化されています。各工程は、そこを通過するデータがすべてデジタルであるということを想定して、進行管理されています。そして、最終段階は、メディアが紙かネットかによって変わり、最後までデジタルのまま処理されるものもあります。出版界の現状は、依然として、紙の本作りが主流ですが、今後は、基本はデジタルに移行していくものと思われます。そして、ネットの世界におけるメディアがいろいろなプラットフォームを通して、変化していくと思われます。単に紙の印刷物が、電子書籍に置き換わるというだけの問題ではありません。電子書籍という概念が変わるかもしれません。

 今のところ、一応、コミックスも電子書籍も紙の本の概念に基づいてつくられています。もちろん、ウェブ上のコミックスがオールカラーの縦スクロールになったり、書籍の一部がフロー型になって書体など好きな大きさに変形できたりしていますが、まだまだ紙の本の概念からそんなに変わったという感じではありません。むしろ、デジタル化の中で、紙の本で良いと思われたことや、不便なことなどが選別されつつあるという段階だと思われます。

 ところで、取次経由で再販売価格維持制度や委託販売などに守られて、粗利22%程度に固定されて細々と続いていた小さな書店経営は、ほとんど赤字になり、どんどん廃業が進んでいます。実際、1996年に2兆6564億円だった紙の出版物の売上はその半分になっており、書店の数も2万5000店から約1万店へと半分以下になっています。そして、そのうちの3割ほどは、教材や教科書販売などで、何とか書店を運営できているとさえ言われています。さらに、書店も紙の本だけの販売では、黒字にならず、いろいろな商品と組み合わせて販売して利益を出しているのが現状です。

 トーハン出身の経営コンサルタントの小島俊一著『2028年 街から書店が消える日』(プレジデント社/2024.5.25)がつい最近出版され、出版界の三大課題(正味、物流、社員教育)が解決されない限り、書店は消えていくと書いています。意欲的な書店や、書店員のいろいろな工夫した試みを紹介して、書店の可能性を紹介していますが、私には全体として絶望的に思えます。書店は、もっと淘汰されていくでしょうし、大型店や特別な販売形態をもった多角的な小売業のなかでの一商品として、紙の本が売られるだけになると思われます。

 有隣堂社長の松信健太郎氏は同書の中で、次のように述べています。

<「書店」は、しょせん小売業であり、文化産業ではない。文化的な商品を扱う小売業に過ぎない。小売業を含む全ての企業は、社会の変化や消費者の変化を分析し、予測し、わがままとも思える顧客に徹底的に応え、その期待を上回るサービスを提供して初めて生き残ることができる。>(同上・p248)

 彼が「本は文化だから大切」という訴えは通用しない時代になったことを強調されているのは、その通りだと思います。

 Amazonが日本に出店するときも、日本の商習慣をよく理解していないAmazonは絶対に失敗すると決めつけ(実際に、私もそのとき小さな出版社を経営していて、そう思いました)日本の出版界は、インターネットの時代におけるビジネスについてほとんどなんの対処もしてきませんでした。再販売価格維持制度や委託販売などを厳守して、ロビー活動を通して、出版は文化であり、そのためにこそ、この制度は必要だと主張し続けただけでした。Amazonの開業は、2000年11月1日です。それから24年、気がつけば、Amazonは日本最大の紙の本の小売店になっています。Kindle版などを通じて、さらに本の形態さえ変化させています。

 Amazonでは、ある意味では、再販制は崩壊しています。新刊本と同じページで、中古品(高額のものもある)がすぐにチェックできます。中古品はアマゾンの倉庫からの配送でないので、物流費が上乗せられ、多少配送の時間がかかりますが、あたかもブックオフで本を買うように(いやそれ以上に)大抵のものは手に入ります。そして、いまでは、Amazonでは、本は商品の一部であり、強大な小売業になっていて、本単体としてはそんなに儲かっていないと言われているほどです。しかし、本だけでなく、商品を朝注文したら、場合によっては夕方届くという物流システムは、物流業者に負担を強いているとはいえ、日本の書店の物流システムを完全に超えています。

 ところで、私が気になったのは、2028年という年です。実は、これは、今の学習指導要領が改訂され、教科書が12年に一度の大改訂になる年です。小島俊一氏は、教材や教科書販売などで細々とつないできた書店が、電子教科書の普及により、大きな打撃が増えると言いたいようです。つまり、デジタル教科書やデジタル教材の普及により、紙の本の販売がさらに減少すると言いたかったのだと思います。それまでに、書店は変化できないと生き残れないよという警告です。

 実際、文部科学省によると、令和6年度(2024年度)から全ての小・中学校を対象に、小学校5年生から中学校3年生に対して、英語のデジタル教科書を提供できるようにしています。その後、算数・数学やその他の教科についても、学校現場の環境整備や活用状況を踏まえながら、段階的に提供される予定です。この計画に基づくと、2028年までには、英語以外の教科についてもデジタル教科書が導入されている可能性が高いです。文部科学省は、デジタル教科書の円滑な導入に向けて、実践事例集やガイドブック、研修動画などを策定・公表しており、教育現場でのデジタル教科書の活用を促進しています。

 現実問題としては、紙の教材とデジタル教材は、版元としては大変なことながら、しばらくは併行して使われるものと思われます。しかし、文科省の実践事例集などを見ると、デジタル教材の活用は、かなり多様になり、それがデジタル教科書と連携されたり、学習指導要領の内容と関連付けられたりして、ねらいや指導内容がより明確化されていくことになるようです。学習指導要領の内容のコード化が現在進められており、学習指導要領により縛られた教材ということになっていきます。しかし、他方で、AIの進化により、また別の多様な学習過程も始まる可能性もあります。この問題は、教科書会社や教材出版社にとっても大きな課題になっており、私たち編集プロダクションもデジタル時代の学習活動の変化をよくよく注意しておく必要があります。

 まだまだ、本はIP(Intellectual Property=知的財産)として、コンテンツ産業の一部でしかないとは誰も考えていないようです。「紙の本は特別な存在である」と思っています。そして、新聞、雑誌、書籍が紙の本の中心であるというのが常識で、そうして本をネットでいかに売るかを考えているようです。しかし、本もIPの一部でしかないと考えた場合、いままで紙でつくられていた「本」という概念はもっと拡張されてくる可能性があります。本当は、そこに「本」というメディアの進化の可能性がありそうです。そこにこそ、本当は、編集者の存在価値も発揮されるのだと思います。紙の本を単体としてつくって、それで終わりという時代ではなくなっています。

 今のところ、コミックはかなり電子化されているし、今後も電子化を前提として作り方が変化していくでしょう(コミックを描くアプリに業界標準のようなものができかかっています)。紙の本は、まだ、そこまでいっていなくて、EPUB化されたりしているものの、ビューアーは標準化されないまま、文章だけはフロー型で自由に拡大縮小して見られるようになったりしている程度です。新聞や雑誌は、サブスクリプションにより、YouTube動画ととともに、テレビや紙の新聞、雑誌を超えた形態をつくり出しています。私は、秘かに、紙の本をデジタル時代のメディアとして進化させ、変えていくのは、デジタル電子教科書とデジタル教材の普及なのではないかと思っているほどです。

 これからは、そうしたネット上での「本」というメディアのあり方(HPだってある意味では「Book」と考えられる)がどうなるかを考え、藤本さんが工程管理を考えたように、そこではどのような工程があり、何が必要なのかを考える時代になります。そのとき、紙の本で考えたことは、絶対に必要な教養になると思います。実際にネットの世界では、ライターがとても重宝されていますが、プラットフォームのほうに編集の力がありません。ネットの世界では、ある意味では、ライターが編集者をかねているという状況です。もちろん、古い編集者が必要なわけではありませんが、ネットのサービスの工程を理解し、その工程をスムーズに管理する力(編集力)は必要です。しかも、新しいセンスを持って。

 現在、生成Aiとしては、OpenAiのChatGPT4O、GoogleのGemnini1.5プロ、そして、藤本さんが提示されたAnthoropicのClaude3.5Sonetが注目されています。AnthoropicClaude3.5Sonetは、ChatGPTやGeminiにくらべると、後発ではありますが、いま業界では極めて注目されている企業です。それぞれがマルチモーダルの機能をもつようになっています。料金体系もよく似ています。すでに、こうしたAIを使って、素原稿をつくり、それを校正して多様な問題をつくっている企業も登場しています。こうしたAIとの付き合いもまた、編集者のもっとも得意とするもののはずです。生成AIの活用に必要なのは、今はやりの言葉で言えば「言語化」の能力です。それは、会社のプロジェクトでというより、個人個人の力によって鍛えられるものです。だから、大企業でない私たちのような編集プロダクションでも同じ立場に立ちうる世界だと思います。今後の、藤本さんの講座が楽しみです。

(文責:エディット東京オフィス 塚本鈴夫)