オンライン講座「新書編集の面白さ 新書のこれから」
講師:小木田 順子(こぎた じゅんこ)氏 幻冬舎新書編集長
【講師略歴】
株式会社幻冬舎勤務。1966年生まれ。新卒でPHP研究所に入社後、96年、PHP新書創刊。2005年、幻冬舎に入社。翌年に幻冬舎新書を創刊し、現在は幻冬舎新書編集長。担当書籍は『宇宙は何でできているのか』(村山斉)、『来るべき民主主義』(國分功一郎)、『自分の頭で考える日本の論点』(出口治明)等。(AJECの編集講座案内より)
今回の講師の小木田順子さんは、幻冬舎の新書編集長です。幻冬舎には、新書担当部署はなく、編集者みんなが新書を企画・編集し出版しているそうですが、そのまとめ役として新書編集長がいるとのことで、すこし面白い編集部だと思われます。そのメリット、デメリットについても講義で触れられていました。
小木田さんは、20年以上新書編集に携わってきたけれど、特別な新書編集者(スーパー編集者)ではなく普通の編集者だとおっしゃっていましたが、新書づくりにあきたことがないともおっしゃいました。そして、「自分の納得のいく本づくりを長く楽しく続けていただくヒントに成れば!」ということで、今回の講演を準備されたそうです。
「新書編集の面白さ・新書のこれから」というタイトルから分かるように、これまでの講座とは少し変わっていました。しかし、小木田さんのお話を聞いていて、本づくりの基本とその面白さがとてもよく分かりました。いわば、編集の王道のあり方を語られていたと思いました。
以下、簡単に講演の内容を紹介します。
講義内容
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教養新書の歴史
- 教養新書の御三家として、1938年に岩波新書が創刊され、その後しばらくして、1962年に中公新書が、1964年に講談社現代新書が創刊された。
- 1990年代になると、ちくま新書、KAWADE夢新書、PHP新書、文春新書、角川oneテーマ21、集英社新書、宝島新書、平凡社新書などが続々と創刊された。
- その後、2000年代、2010年代と創刊が続いた。
- 2003年の養老孟司著『バカの壁』が転機となり、読みやすい口述筆記の本が出て、ベストセラーになるようになった。
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この10年の傾向
- 本の売り上げが、1996年の2.7兆円をピークにして、2020年には1.2兆円まで下落したが、新書の落ち込みは、これより急カーブになった。
- 2021年上半期のベストセラーは、アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』(新潮社)、上野千鶴子著『在宅ひとり死の進め』(文藝春秋)、斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社)などがある(ベスト3)。
- 最近は、健康・自己啓発本より教養(特に歴史)などのジャンルが売れているが、売れ行き(部数)は減少している。
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幻冬舎新書とは
- 奇数月刊行で、装丁は鈴木成一デザイン室。これまで636点刊行してきた。
- 幻冬舎には、新書編集部がなく、したがって、編集方針もない(何でも出せる)。
- しかし、編集部がないので、原稿が足りなかったり、新書編集者やノウハウが育たなかったりしている。
- また、編集方針がないので、単発のベストセラー頼みになり、新書としてのブランドができていない。
- 売れた本としては、曾野綾子著『人間にとって成熟とは何か』(2013年)、下重暁子著『家族という病』(2015年)、中村仁一著『大往生したけりゃ医療とかかわるな』(2012年)などがある。
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私の新書のつくり方
- キーワードは「端的」。
- 新書は、みんな同じ平台に並び、素材の美しさで勝負ができ、しかも棚に残って寿命が長いという特色がある。
- だからこそ、テーマや内容の的が絞れていて、「いまなぜ○○なのか」が明確になっていることが必要。
- タイトルや帯なども、強く、キレがよく、分かりやすいことが大事。
- 企画の考え方には、マーケットイン(顧客が求めるもの=売れる企画を考える)とプロダクトアウト(書き手・編集者がやりたい企画を考える)とがある。
- マーケットインということからいうと、
→ベストセラーの法則がある。例えば、3つのT(タイトル、テーマ、タイミング)とか、見城徹の「ヒットの4条件」として、①オリジナリティーがあること、②明快であること、③極端であること、④癒着があること、などがある。
→また、売れている本を書いた人に頼む(実はこれがいちばん堅い)。
→さらに、売れるジャンルの本をつくること。 - しかし、「このテーマ、この著者、売れそう」だけだと、うまくいかない。
→努力することが難しい。 - 情熱を注ぐには、内発的な興味・関心が必要で、そこに数字がついてくる。
- そのためには、自分の興味・関心をチューニングして、「社会にコミットしたい、新しいことを知りたい、悩みを解決したい、言いたい・伝えたい」という気持ちが起これば、編集者としての持続性(サスティナビリティー)がもて、企画が立てられるようになる。
- そうしてできた本としては、忽那賢志著『専門医が教える新型コロナ・感染症の本当の話』(社会にコミットしたい)、村山斉著『宇宙は何でできているか』(新しいことを知りたい)、出口治明著『自分の頭で考える日本の論点』(悩みを解決したい)、國分功一郎著『来るべき民主主義』(言いたい・伝えたい)などがある。
- 教養新書編集者としての武器・モノサシとしての「永遠の素人」。
→「素人の私に分かるように書いていただけませんか?」=どんな専門家にも頼みにいける。
→「原稿が理解できないのは自分が悪いんじゃない!」=編集者が分からなければ、読者も分からない。 - タイトルは、基本的に、新書の発行人と本の担当者がつけ、ときどき社長が口を出す。
→新書の発行人と社長は、ゲラを見ていない(こういう視点も必要)。 - 苦手なりに、「端的」なタイトル、「強く、キレよく、分かりやく」を意識している。
- 章タイトル・小見出しは、このように読んでほしいという誘導になるようにつける。
<パッケージ編>
<企画編>
<永遠の素人編>
<タイトルまわり編>
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幻冬舎新書の売り方
- これまでに636点刊行して、376点重版。重版率6割。(初版が6,000部~8,000部と少ないが、重版を決めてから1週間で搬入できるようなシステムになっている)
- 主として新聞広告を利用。新聞書評に載せてもらったり、テレビで取り上げてもらったりすることも売れ行きに貢献している。
- これからは、Web媒体(文春オンライン、東洋経済オンライ)などで、記事の掲載をしてもらうことになっている。SNS、Twitterはまだ戦力になっていない。
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ヒットを出せないときどうするか?
- 一応、①初版止まりだが、赤字にはなっていない、②3刷りになる、③5万部を超える、という3つの合格ラインがあるが、半期に1冊は③を実現したい。
- 合格ラインにならないと、自分が否定されたようで落ち込むが、大物著者に売れそうな企画を依頼するとか、目の前の本を丁寧につくるなどをして、待つ。「すべてわざには時がある」と思っている。
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新書のこれから 注目している最近の動き
- 新書のグローバル化
→最初から海外で売ることを念頭に置いているPHPの「世界の知性」シリーズ。 - 大型本格シリーズ
→ちくま新書『世界哲学史』(全8巻+別巻1)。 - 新書で写真集、新書でマンガ
→『60年前の東京・日本』(光文社新書)『マンガ認知症』(ちくま新書) - 反時代的であること
→Web記事やYouTubeとは違って、掘り下げたり、俯瞰したり、網羅したりできるようにしたい。そのためには、分厚く、1000円を超えてもよいと思っている。 - 継承
→書物の歴史や、新書(岩波新書創刊以来80年以上)の歴史を継承し、知の蓄積という歴史の通過点、教養新書という文化を次世代にバトンタッチしていきたい。
- 新書のグローバル化
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幻冬舎新書の新しい試み
- PV(ページビュー) +購入+単純接触効果を狙う。
→自社Webサイト「幻冬舎plus」に新刊全点の試し読み記事を掲載。 - 講座受講料+単純接触効果。
→幻冬舎大学で月1~2回、刊行記念イベント開催。 - 新書は電子・音声と相性がいい。
→コミックの次に好評な新書の電子書籍化、オーディオブック化。 - 新書を紹介するポッドキャストを開始。
https://www.youtube.com/watch?v=6gDGMROEg5U
●株式会社 幻冬舎(https://www.gentosha.co.jp/)
感想
昔、新書を出版している会社に関わっていましたので、新書と聞くと、とても懐かしい気がします。といっても、その頃はもっぱら小説が中心で、ミステリー、時代小説、官能小説などをつくっていました。新書は、書き下ろしの小説、文庫は、売れた小説を再度利用し直すというかたちで商売をしていました。現在では、小説はむしろ、文庫書き下ろしが多くなりました。新書は書き下ろしの一般書、文庫は主として過去に売れた本と一部書き下ろしの小説というのが大きな棲み分けになっているようです。(実際、新書・文庫の世界は、とても多様なジャンルに広がっています)
個人的な事情を言うと、最近買っている本は、ほとんど新書です。勿論、個別の作家や思想家の本を選ぶ場合は、単行本ということになりますが、書店での立ち読みや、Amazonで買い物をする場合は、新書が圧倒的に多くなりました。多分、新書の方が、活字が大きくて、文庫より読みやすいということかもしれません。また、最近の問題をテーマにした本としては、いちばん早く、分かりやすく提供されているのが新書だからかもしれません。
勿論、小説などは、新書にならないので文庫を買うことが多いのですが、最近は活字が大きくなるKindle文庫を買うことの方が多くなりました。(それだけ老人になったのです)ところで、新書でもいろいろなジャンルがありますが、私が買っているのは、小木田さんが編集しているような教養新書です。学生のころ(遙か昔ですが)は、岩波新書をよく買いましたが、現在は、いろいろなところの新書を買っています。注目する作家の新書は、よく買います。おそらく新書は、分かりやすく読めるからだと思います。そして、興味を持つと、作家の単行本を買うことになります。そういう意味では、新書は私にとって新しい知識の導入に役立っています。
小木田さんは、自分を特別の編集者ではないと言っていますが、まさにそのことが新書の編集長としてよかったのかもしれません。教養(リベラルアーツ)とは、幅広い知識に関わってきます。そういう現代の「知」に対する目配りは、幅広い教養がとても大事だと思いました。小木田さんが担当してきた新書を見ると、そういう偏らない「知」への興味・関心が感じられます。教養文庫というものもありますが、「知」の入門書としては、教養新書のほうが、圧倒的に役立っていると思います。
編集者としては、「永遠の素人」としての特権をフルに活用して、本づくりをするわけですが、小木田さんも、自分の興味・関心を大事にしているようです。そのためかどうかわかりませんが、新聞をよく読んでいるというところが面白いなと思いました。新聞というのは、最も新しいことがらを取り上げた総合的な活字媒体です。そして、そこには、政治・経済から社会の片隅で起こる犯罪事件まで取り上げられています。勿論、作家や思想家のコメントもあったりします。まだまだ、総合的で今日的な情報の提供媒体としては、新聞を超えられていません。Webの世界の情報提供がそれを超えようとしていますが……。
編集活動のモチベーションに自分の興味・関心があるというのは、出版社の編集者だけでなく、われわれ編集プロダクションの編集者とっても、とても大事なことだと思います。それが編集者の持続性を保障するものですし、多様な企画へとつながるものだと思います。そして、小木田さんから伝わってくるのは、本づくりの面白さだと思います。新書は、単行本になったものを手頃で読みやすい本にするという文庫と違って、新たに書き下ろして本づくりをします。小木田さんは、特別な編集者ではないと言っていましたが、講座を聴いていて、本づくりの「王道」を歩いているという自信が感じられました。
- PV(ページビュー) +購入+単純接触効果を狙う。