1.編集はだれでも毎日やっている

目覚ましが鳴る。朝起きる。さあ一日の編集が始まる。きょう一日を心地よく生きるために。まわりを見渡そう。机・ベッド・ラジカセ・本棚・観葉植物・セーター・ジーンズ・バッグ・雑誌。そうすべて君が集め選び配置したものだ。

編集とは「集めて編むこと」。君は自分の部屋を編集しているのだ。持ち物一つひとつもそうだ。たくさんの種類から色や形・値段など自分の好みや条件に合った物を自分の方針でチョイスしている。まさに編集をしているのだ。もちろん物を集めるだけではない。その日の一日の計画を立てることもすばらしい編集のひとつだ。きょうはどんなファッションで過ごすか。何時に学校へ行くか。どんな授業に出るか。何を持っていくか。昼は何を食べるか。午後はだれに会おうか。どんな話をしようか。彼女とどこへ行こうか。美術館? あるいはドライブ? プレゼントは? 夕食はどうしよう。夜はどんな本を読もうか。こうしたことを考えて実行することがすなわち一日を編集することだ。

どれをとっても君はテーマを決め情報を集め整理し設計し創造している。つまりエディットしているのだ。

君は毎日,編集している

2.みんな全員がエディターだ

人生は一度しかない。自分の持っているあらゆるエネルギーを使って,一日一日を生きていきたい。そのためにはどうしたらいいのだろう。私は「生きることは編集そのものだ」といつも学生たちに言ってきた。出版社や雑誌社に入らなくても世間で言う「編集者」という職業に付かなくても編集のあり方を学ぶことはとても大切なことだと思っている。

私の好きな評論家に外山滋比古という人がいる。彼の文章は国語の教科書や高校の入試問題によく出てくるので知っている人も多いはずだ。彼の著作に『エディターシップ』という本がある。私が編集者に成り立てのとき感動して読んだ本の一つだ。少し難しくなるが彼の編集論を紹介しておこう。

『エディターシップ』

「人間の営みは何ひとつとしてエディターシップによらないものはないように思われる。人間文化はエディターシップ的文化以外の何ものでもない。われわれはすべて自覚しないエディターである。」

彼の考え方は編集という行為をある特定の職業の特別なノウハウと見るのではなく広く人間の知的活動の原理・あり方としてとらえる見方であり私のもっとも気に入った編集論である。ぜひ一読を薦めたい。

3.“現在”を追いかける雑誌・新聞づくり

職業としての編集者を考えてみよう。もっとも多いのは雑誌・新聞の編集者である。ジャーナリストと言ってもよい。ジャーナルとは「今日性」という意味であり「今日」を追いかける人たちをジャーナリストと呼ぶ。雑誌・新聞の役割もそこにある。いまどこで何が起こっているのか。政治・経済・社会・文化・教育・産業・生活・風俗などあらゆるジャンルで日々さまざまな出来事がある。国民にとって関心のある事件読者にとって必要な情報をす早く的確にキャッチしわかりやすく整理して報道する。時代のセンスと幅広い知識が要求される仕事だ。

「週刊朝日」の編集長を長く勤めた扇谷正造という人は『現代ジャーナリズム入門』という本で「新聞は二つのsを売る。ニュース(News=記事)とヴューズ(Views=意見)だ」と述べジャーナリストは「いつも『ハッと驚く』精神」が大切と言っている。編集者の真髄は野次馬根性だ。

時代の先端を走り国民注視のテーマを我れ先に追いかけ未来を先取りする職業。それが雑誌・新聞の編集者の仕事である。生まれ変わったら今度はそんな編集者になりたい。

雑誌編集者は野次馬根性を持て!

4.文化をつくる単行本の編集

本の好きな人に,とっておきの職業が「単行本の編集者」だ。原稿の段階で好きな作家や評論家の文章が読める。それだけではない。著者本人に会える。会えるだけでない。話をしたり酒を飲んだり,相手によってはゴルフもできるのだ。

編集者は最初の読者であり,読者の代表だ」とよく言われる。これは書籍の編集者のことを指す。給料をもらって,本が読めるなんて,なんと贅沢な職業だろう。しかしそれが本来の仕事ではない。ただ締め切りに間に合うように原稿を書いてもらうだけではない。彼らの「生みの苦しみ」を助ける仕事,彼らのサポーターこそ君の任務だ。一緒になってテーマを考えたり,必要な資料を用意したり,息詰まったとき相談相手になったりすることも重要な仕事だ。また,有名な著者はほんの一部だ。新しい著者を開拓することも大切な仕事だ。時代が必要としている著者を見つけること--それがこの分野の編集者の最大の任務と言ってもよい。彼らは広い意味での文化の担い手だ。われわれの心を豊かにしてくれる作品を日々創り出している。その意味で,著者を発見し育て支援する「単行本の編集者」は文化の創造者でもある。

作家のサポーターとしての単行本編集者

5.作家ととことんつきあう漫画の編集者

漫画の編集者も単行本の編集者と似ている。漫画雑誌といってもそれは「書籍」に近い。作品の集合体である。仕事の内容も著者との関わりが中心だ。単行本の場合と基本的には変わらない。むしろ単行本以上に作家との関係は深い。売れっ子の漫画家はいつもたくさんの仕事を抱え,締め切り日に追われている。日々の食事も満足にできないほど多忙だ。そのため,漫画の編集者は会社に出社するより作家の自宅や作業所に「出社」する人が多い。食事の世話や洗濯・掃除など作家の生活の面倒を見ている編集者もいる。そして作家以上にテーマにこだわり,作家以上に読者の好みを探り,作家以上に「売れる作品」を知り尽くしているといわれる。もちろんこれは一部の編集者だけの話であるが,作家との付き合いが最も要求されるのは漫画の編集者であろう。

「週刊少年ジャンプ」や「週刊少年マガジン」は今も毎週400万部以上発行されている。出版界は漫画本で保っているといわれる。出版社の廊下を歩くとき,真ん中を歩くのは漫画の編集者であり,隅っこを申し訳なさそうに通るのは単行本の編集者であるという話を聞いた。同じ編集者でも大きな違いである。

作家以上に「マンガ」を知っている漫画編集者

6.勉強を助ける学習教材の編集

あまり知られてはいないが,学習参考書を発行している出版社は意外に多い。また経営的にも安定している。学習研究社や旺文社,ベネッセコーポレーションという名前はみんなよく知っているはずだ。また出版界のトップ企業である小学館講談社もじつはむかし「小学◯年生」「たのしい◯年生」という学習雑誌で互いに競い合い,成長してきた出版社である。名前からして未だに「小学」館である。

学習教材の編集はたいへん細かくて地味な仕事だ。つくるものは教科書学習参考書ワーク・テスト・ドリルなどの副教材が中心。編集作業はほかと変わらない。企画を立て,著者を決め,原稿依頼をする。できあがった原稿を吟味・チェックして,内容・形式を固める。そして組版・校正・印刷の作業を通して本に仕上げていく。

しかしこの仕事は教材だけに英・数・国・理・社といった教科の知識がまず必要だ。学習指導要領などの制約もある。ミスは許されない。創造的であるよりも正確であることが要求される。緻密な人,コツコツ積み上げていくタイプの人に向いた仕事だ。編集の中でも最も職人的な仕事といえる。

正確さが要求される学習参考書の編集者

7.子どもの夢をさぐる童話・絵本づくり

仕事のスタイルは「単行本の編集者」と変わらない。独自性があるとしたら,子どもたちへの思いだ。次の時代を担う子どもたちに何を伝えていけばよいのか。歳をとればその思いは強くなる。個は滅びるが,種は残る。この仕事は文字のなかった時代から「伝承」「昔話」の形で連綿と続いている。部族の長老が子どもたちを集めて森や湖の恵みを精霊の話として伝える。おじいさんやおばあさんが囲炉裏を囲んだ孫たちにこの世に生きる知恵やルールををキツネやタヌキの物語としておもしろおかしく語る。人類の普遍的な任務といえる。

それを一つの寓話として文字や絵で表したものが童話となり絵本となった。これらの名作おとぎ話は数限りなくある。君たちもそのいくつかの恩恵にあずかって成長した。しかし,時代はいつも新しいテーマを作り出す。戦争,貧困,差別,いじめ,暴力,不信,孤独,錯乱,家族,不況,汚染,隔離,環境,福祉,情報,国際化。これらの問題を子どもたちにどう伝えていけばよいのか。童話や絵本づくりは,本来は子どもたちに夢を伝える仕事である。いまは苦しい時代だ。児童文学の世界はいまこそ「真の編集者」を必要として

時代のテーマを子どもたちに伝える
童話・絵本の編集者

8.PR誌や社内報づくりもりっぱな編集

出版社や雑誌社に入らなくても編集者になれる。一般の企業には独自のPR誌を発行している会社がいくつかある。また大手企業や中堅企業は大半が社内報を作っている。これらは書店に出回ることがないので,一般の人の目を触れることはない。しかし内容・デザイン・レイアウトとも質の高いものが多い。出版社や雑誌社以上にお金をかけて作っている。会社のイメージを大事にしたいからだ。

これらの企業は出版社や雑誌社と会社規模がまるで違う。出版業界で最も社員数が多いと言われる学習研究社でも2000人以下。社員数1万人以上の一般企業は山ほどある。安定した生活を希望し,なおかつ編集の仕事をしたい人はこうした企業のPR誌や社内報づくりの仕事に就く道がある。この仕事はその企業のイメージアップや事業の発展・拡大に役立つことが基本的なねらいであるが,それに囚われずもっと広い視野に立った編集方針で制作されているものも多い。時代の流れをつかみ読者を大事にすることは本づくりの基本である。

この業務は会社の「広報部」という部署が担当するが,企業には常に配置転換がある。いつか編集者でなくなる日がくる場合もある。

大きな会社をバックに,編集の仕事ができる
PR誌・社内報の編集者

9.求められるマルチメディアの編集者

いま時代の脚光を浴びているのがデジタルクリエーターだ。

文字・映像・音声はかつて独立して用いられていた表現媒体。マルチメディアはその特性を立体的に組み合わせ,コンピュータというハードを使って,知識や情報を伝達する手段である。マルチメディアは文字・映像・音声にさまざまな表現加工を自由に加えることができ,さらに情報のリンク(連結)化やデータベース化,ネットワーク化もできる。まさに知識・情報の総合化,統合化をめざしたメディアである。

マルチメディアの編集者にとって,表現テーマはあらゆるジャンルにわたる。いままでの編集者が書籍・雑誌・新聞などの紙媒体を武器に表現してきたテーマを,コンピュータを使って新しい手法で編集加工する仕事だからだ。その意味でコンピュータはまったく新しいメディアである

時代はこのデジタルメディアの有効性をフルに活かせる人材を求めている。コンピュータのメディアとしての機能を十分に理解した編集者であり,なおかつ時代の動きを的確につかむ人間を!

いま時代が求めている新しい編集者
--デジタルクリエイター

10.ほかにもある職業としての編集

編集の世界は広い。きみたちは「編集プロダクション」という言葉を聞いたことがあるだろう。日本全国には出版社が4,600社ほどあるが,編集プロダクションも1,000社以上あるといわれている。出版社から依頼を受けて本を編集したり,さまざまな本の企画を出版社に売り込んで編集の仕事をしている会社だ。小規模の会社が多いが,彼らがいま日本の出版界を支えていると言ってもよい。

出版社は社内で編集業務をするのが以前は当たり前であったが,最近は外部の編集専門会社に委託するケースが多くなった。編集プロダクションはそのジャンルも多種多様で,それぞれが専門化している。自分の好きなテーマの本を作りたい人や編集のすべてを勉強したい人にはぴったりの会社だ。仕事はけっこうきついが,力がついてくれば自分の思うような本づくりができる。

最近「SOHO」という言葉がはやっている。small office home officeの略だ。個人が独立してコンピュータなどを使ってビジネスをすることをいう。編集者やデザイナーが多い。出版社や編集プロダクションで腕を磨き,力を付けて将来「SOHOする」道もある。

本づくりのすべてが勉強できる編集プロダクション