1.「編集者になる!」とはどういうことか。

エデュサー」という言葉がある。「エディター+プロデューサー」の造語である。これからの編集者はエデュサーでなければいけないとよく言われる。自分で企画書を作ったり,取材したり,原稿依頼したり,編集したりするのはエディター。そのエディターやエディターの集団を使って出版界に新しい話題や旋風を巻き起こす人間,言い換えれば「出版のプロデューサー」--それがエデュサーだ。郷ひろみの『ダディ』や五木寛之の『大河の一滴』などのベストセラーを発行する幻冬舎の見城徹社長は,その典型といってよい。彼は「業界の常識を破って無謀ばかりやってきた」とか「顰蹙は金を出してでも買え」と豪語するが,実は角川書店時代から長い間つくりあげてきた,さまざまな分野の人脈と時代や世の中の動きを読みとる力,そして角川春樹社長から学んだ出版プロデュースのノウハウがその武器になっている。

大げさに言えば「編集者になる」とは,時代や世の中の中心にいて,歴史をもふくめた広い視野で,その動向を見抜き,同時代の人々に,新しい方向を自分なりに指し示す人材になることだ。人間の価値と生きることの意味を探る仕事だ。

「エデュサー」--求められる編集像

2.日々新たなり--360度の好奇心

編集という仕事はほかの職業と少し違う。出版という業界には属しているが,その業界の中で完結する仕事ではない。むしろほかのあらゆる業界が仕事の対象となる。ふつう民間会社のサラリーマンは,建築業界,食品業界,繊維業界,電機業界,自動車業界,流通業界など,その業界内での情報収集や行動が仕事の中心になる。芸能界にしてもスポーツの世界にしても,その世界の中で成り立つ仕事だ。しかし編集者は違う。出版のテーマはあらゆる業界の動向が対象になり,編集の仕事もさまざまなジャンルにおよぶ。一度しかない人生でいろいろな世界を知ることができる--これは編集者やジャーナリストの特権である。子どもや老人をふくめて,すべての人が潜在的な読者だからだ。

編集者の原点はあらゆる方向やジャンルに好奇心を持つことである。自分自身の性格や才能・能力にこだわる必要は全くない。まずは自分以外に向けた知的欲求がベースになる。360度の好奇心だ。だれよりもどん欲な人間といってよい。毎日毎日が新しい。人は死ぬまで毎日が新しいのだ。「日々新たなり」--いろいろな意味で味わい深い言葉だ。

あらゆる分野に関心を持とう!

3.新聞を読もう--新しい言葉を探せ

新聞は編集者にとってたいへん貴重なものである。私は朝から晩まで新聞を読んでいたい。一日じゅう新聞が読めれば,なんと幸せなことか。政治・経済・文化・世界・自然・歴史・教育・スポーツ・芸能・家庭・暮らし・事件・世相・風俗・習慣など,あらゆる分野で日々さまざまなできごとが起こり,おおぜいの人々が意見を述べ,活動している。できればいくつかその生の現場に立ち合ってみたいと思うが,それはほとんど無理。新聞は,さまざまな分野の動きを簡潔にまとめ,その中心人物の話を,居ながらにして伝えてくれる。

編集業も情報の加工業である。いちばん価値のある情報は第一次情報つまり生の情報,現場の情報である。新聞はすでに加工された情報,第二次情報である。鮮度は弱いし,情報量も多くはない。中には誤った情報もある。しかし新しい動きや今の時代のテーマを知るには,いちばんの情報源だ。

新聞は情報源だけではない。言葉の宝庫でもある。新聞を読むとき,見慣れない言葉,新しい言葉をチェックしよう。新しい人物も次から次と登場する。たくさんの言葉を覚えよう。雑学・博学は編集者の大事な武器になる。

新聞は情報の宝庫!

4.日記をつける--文章力を磨け

編集者は文章が書けなくてはいけない。このことは何度も書いた。正確でわかりやすい文章が書けること--編集者の必要条件だ。しかし文章力は一朝一夕で身につくものではない。長い年月と日々の訓練が必要だ。

文章力をつけたいと思うなら,まずは日記を書くことである。日々の体験を言葉でスケッチする。それが日記だ。一日一日を真剣に生きること--それが編集の原点だとこの本の冒頭に述べた。真剣に生きれば生きるほど,喜んだり苦しんだり,考えたり悩んだりすることは多い。「日々新たなり」である。毎日は常に新鮮だ。書くテーマや材料は山ほどある。自分なりに整理したり,答えを出したりする必要に迫られる。それが自分を進歩させるのだ。日記は文章力をつけるだけではない。自分を成長させてくれるものでもある。日々自分で納得した言葉を探す行為--それが文章の勉強だ。

日記は文章力を身につける最も手軽な方法ではあるが,続けることはなかなかむずかしい。無理をしないことだ。たくさん書こうとしないことだ。ふだんは毎日の事実の記録程度でよい。私は日記と言わず「日録」と呼んでいる。

文章の勉強に役立つ「日記」

5.美しいものに敏感になれ

編集者の資質の一つとして,ビジュアルセンスが要求される。視覚的な美しさを理解する能力だ。プロの画家やデザイナーのように独自の「美」を作り出す力を持つ必要はないが,美しいもの,きれいなものに心惹かれる感性を常に持っていたい。都会でも田舎でもよい。風景でも自然でもよい。絵画でも建築でもよい。ファッションでも色の組み合わせでもよい。人の心でもしぐさでもよい。この世の中に存在する,ありとあらゆるものについて,感覚的に「いいな」と思うもの,「素敵だな」と感じるもの,心地よく心を動かされるものに敏感になれる編集者でいたい

では,感性の豊かな人間になるためにはどうしたらよいか。これはたいへんむずかしい。人によって違う,持って生まれた素質みたいなものがあるだろうか。そうではない。美しいもの,きれいなものにあこがれる感性は本来みんなが生まれながらに持っている共通の感覚だ。それがいつの間にか鈍化したり,麻痺したりしてしまっているだけなのだ。

素直な心,無我の心--むずかしいけれど,それを取り戻せば,きっと無理のない美しさを見つけることができる。

美しいものに惹かれる心を大切に!

6.耳は2つ,口は1つ

お釈迦様の耳たぶはびっくりするほど大きいといわれる。たくさんの人の悩みや苦しみを聞いているうちに,お釈迦様の耳はどんどん大きくなってしまったという話だ。

人の話を聞くということは,とても大切なことだ。

しゃべることと聞くこととどちらが楽かといえば,明らかにしゃべるほうが楽である。話すことは自分の持っているものを相手に与え,身軽になることである。聞くことは自分のなかに新しい内容やデータを受容し,蓄積することである。大げさに言えば,聞くことはいままでの自分と違う自分になることである。聞くほうがたいへんなのだ。だから神様は,人間のからだの仕組みとして,耳を2つ,口を1つ創られたのだ。1回しゃべったら2回は聞けという教えだ。

編集者は聞く力を養おう。相手の話を理解する能力を磨こう。話上手より聞き上手になろう。取材力をつけることは聞き上手になることだ。相手が話しやすいように質問の順番をを考え,相づちを打ち,もっと聞きたいという姿勢を示し,どんどん相手にしゃべらせ,話すことに夢中にさせよう。

信頼関係は説得ではなく,納得することから始まる。

お釈迦さまの耳はなぜ大きい?

7.自分の好きな分野を伸ばそう

人は社会の中でそれぞれ役割がある。それがあってはじめて生きていける。役割とは役に立つ資質・能力のことである。そしてどんな人にも必ず何らかの役割が備わっている。個性といってもよい。世の中で生きていくということは,その役割・個性を伸ばしていくことである。しかし自分にどんな役割・個性が備わっているのか,見つけることはむずかしい。

私は自分が編集者に向いていたかどうか,いまでも分からない。しかし二十歳のころ編集者になりたいと思った。その思いは不思議と変わらなかった。いま30年が過ぎた。ずっと編集稼業で飯を食っている。自分に肩書きをつけるとしたら,やはり編集者である。役割とか個性は結果である。長い間続けているうちにその道の専門家になる。「継続は力なり」といったのはイギリスの哲学者フランシス・ベーコンである。

編集といっても,その対象はあまりにも広い。音楽・芸能・ファッション・スポーツ・科学・旅行・政治・教育・文学・……。あげればキリがない。それぞれ奥はたいへん深い。できるだけ早く自分の好きなテーマ・ジャンルを見つけることだ。そして,一歩一歩その山を登っていくことだ。

「好きこそものの上手なれ」

8.まずはコレクターに!

編集とは集めて編むことだ。まず集めなくてはいけない。自分が興味のある分野について,日々気づくまま思いつくままに関係資料を収集することだ。その癖をつけることだ。

常に時代の最先端のテーマを追究するジャーナリスト立花隆氏の資料収集術はそのスピードと量の多さでたいへん有名だ。ありとあらゆる雑誌や新聞を片っ端から切り抜いて,自分のテーマにそって分類し整理する。もちろんその実務作業はいまは秘書の仕事であるが,日々膨大な資料が収集される。彼の説得力ある文章はそこから生まれる。

立花隆氏と比べるとあまりにも恥ずかしいが,私もかつては「コレクター小林」とあだ名された。新聞や雑誌を読むときはいつもカッターと定規を持っていた。A4規格のコピー済みのコピー用紙の裏を使って「1data1sheet」の方針のもとに,たくさんのスクラップファイルを作っていた。その中で実際に役に立つ資料はほんの一部であるが,日々資料を集め自分なりに分類整理すること自体,楽しい作業である。その作業からできあがっていくデータファイルは自分だけの本であるといってもよい。編集者はみんなコレクターである

すべては「収集する」ことからはじまる

9.行動力の源泉は?

「編集とは体力と好奇心である」と以前書いたが,それが編集者の行動力の源泉だからである。もちろん与えられた作業を机の前に座って黙々と処理する編集の仕事もある。校正とかDTP編集といった作業だ。しかしそれは本づくりの仕上げの仕事といってよい。編集のスタートはやはり企画づくりであり新しいネタ探しである。それは机の前に座っていてはできない。

優秀な編集者はみんなアクティブだ。退屈さを最も嫌う。知的好奇心が旺盛だ。常に生の現場を見たいと思っている。受け売りや曖昧さ,中途半端を嫌がる。自分なりにきちんと納得したいと思っている。人に会うことを最大の生き甲斐としている。読者の代表として動きまわっている。

昼間,社内にいる編集者は少ない。管理職か企画づくりやネタ探しのノウハウを持たない若い編集部員くらいである。ふつう編集者たちは,著者に会いに行ったり,図書館や本屋に出かけたり,業界の連中と情報交換したりしている。編集者にとっては社内よりも社外のほうが本来の仕事場なのだ

行動力--編集者にとって,なくてはならない能力である。

新しいテーマを求めて

10.大胆さと緻密さ--本づくりは決断の連続!

「大胆さと緻密さ」--この言葉はよくリーダーの条件として上げられる。経営者・社長・監督・先生・政治家・首長など,人を指揮する立場の人に必要な資質である。「決断力と繊細な神経」といってもよい。

編集者もこの2つの能力がつねに要求される。企画から著者・造本・仕様・装幀・デザイン・レイアウトの検討,編集から納品まで,本づくりの全工程を追いかける編集者は,その工程の一つひとつに方針や決定を下していく立場の人間である。編集者の仕事は「決断の連続」といってもよい。多少の迷いや不安があっても,一つひとつ答えを出して前に進んで行かなくてはいけない。決断力・大胆さが必要なのだ。

しかしもちろん大ざっぱではいけない。本づくりはすべての工程に落とし穴がある。あらゆる作業にミスや失敗が起こりやすい。校正ミス・面付けミス・製版ミス・色の掛け合わせミス・乱丁・落丁などは明らかなミスであるが,企画や仕様・デザイン・装幀といった作業にも取り返しのつかない失敗がある。これらのミスは経験である程度カバーできるが,編集者はきめ細かい配慮,緻密な確認がつねに求められる。

本づくりに必要な2つの資質

11.いちばん大切なバランス感覚

社会的な人間を2種類に分ける言葉として,「スペシャリストspecialistとジェネラリストgeneralist」という言葉がある。スペシャリストとは「専門家,専門的な知識・技術を持った人」という意味である。ジェネラリストとは「万能家,多方面の知識を持つ博学な人」という意味である。

ある分野に特別の技能を持っている芸術家や学者・スポーツ選手などは前者を指す。後者の「ジェネラリスト」は幅広い能力を発揮する管理者・教師・ジャーナリストなどを指す。

編集者はジェネラリストである。もちろんある分野の専門的なテーマを追いかけるスペシャリスト的な編集者も多くいるが,それでもやはり彼はジェネラリストである。著者ではないからだ。職業は編集者であるからだ。

ジェネラリストに要求される最大の能力は「バランス感覚」である。世の中を公平に見る能力,できるだけ多くの人が善とする良識や常識common senseを大事にする感性,いろいろな立場の人や意見をまず受け入れようとする態度,それでいて自分の納得する考えをきちんと相手に伝える姿勢--そうした感覚を持っている人は編集者の素質があるといえる。

編集者は幅広い知識と能力が求められる

12.正しい嘘をつけるか--説得力をつける

「正しい嘘」という言い方は矛盾した表現である。しかし,言葉は本質的にある程度の「嘘」を持っている。「美しい」とか「愛」とかの言葉を例に取ればすぐわかる。どんな言葉も必ず抽象性を持っている。対象としたもののすべてを言い表すことはできない。必ず欠落した部分が存在する。だからこそ真実や実態に迫ろうとする,新しい表現が生まれてくる。

編集者は説得力を持たなくてはいけない。著者や読者に対してはもちろんのこと,本づくりにかかわるあらゆる人に,自分の作ろうとしている本のすばらしさを理解してもらう努力をし続けなくてはいけない。編集者はオルガナイザーorganaizerだ。本づくりの組織者・まとめ役なのだ。言葉を武器に一人ひとりを口説いていく商売なのだ。

自分の言いたいことをきちんと相手に伝える能力,話ができる能力を身につけることが編集者にはまず必要だ。話すだけではダメだ。言いたいことをきちんと相手に理解してもらい,賛同してもらうことが大切だ。それが説得力だ。多少オーバートークになってもよい。熱意を持って話をしよう。口説き文句を探そう。それを「正しい嘘」という。

編集とは相手を口説く仕事である

13.相手の立場に立つ

説得力を持つということは相手がこちらの意見に納得するということである。説得と納得は相互作用の関係にある。しかし人はそう簡単には納得してくれない。相手を納得させるためにはまず相手をよく理解することである。相手の様子や環境・考え・嗜好・感情といったものをよく知った上で働きかける必要がある。相手の立場を無視した説得は成功したためしがない。しかしビジネスの世界では,相手の立場に立つことはそう簡単ではない。競争原理で動く社会だ。人はどうしてもまず自分の欲や思いを優先する。また相手の立場に立つことで自分の立場が不利になることも多い。ビジネス社会では,相手の立場に立つというよりも,お互いに一致する点,お互いに納得する事項を見つける努力がポイントになる。

編集者の場合はどうか。最大の相手は著者読者である。ともに編集者にとって,競争的な関係でもなければ,対立的な関係でもない。むしろ相手の立場に立つことで成り立つ関係である。著者の才能や能力を十分に理解し,読者の期待や思い・嗜好を知り,両者を結び合わせる仕事である。編集者こそ相手の立場に立って仕事を進めていく職業である。

著者と読者を結び合わせる仕事

14.進みたい業界を知れ

日本の出版社の総数は約4600社。その80%近くが東京にある。従業員1000人以上の会社は0.7%,10人以下の会社は46%,50人以下では70%近くになる。小出版社の多い業界である。また全出版社の総売上額は大手自動車メーカー1社にも及ばない。規模としても恐ろしく小さい業界である。しかし,いまは多少人気が低迷しているとはいえ,出版・マスコミ界への就職希望者は非常に多い。超人気業界である。それだけに入社倍率も高い。君たちがイメージとして浮かぶのは大手出版社の華やかな編集者像であろう。しかしそれはほんの一部の人間であって,大半は就労条件も厳しい世界に入っていくことになる。創造的な仕事はそれなりの覚悟が要るのだ。

業界内部を見てみれば,編集者の世界は多種多様である。出版界といっても第1章で述べたようにさまざまなジャンルがある。どれが自分に向いているか。まずはいま自分がやりたい,進みたいジャンルの業界を事前に勉強しておこう。雑誌・新聞・PR誌・単行本・CD-ROMといったメディア別の業界,文学・マンガ・童話・教育・趣味・音楽・コンピュータといったテーマ別の業界など,出版業界は広い

自分のやりたいテーマの業界は?