1.資格に頼らないことが第一の資格(その1)

「編集者は“時価”であり,その価格は変動する」といったのは青春出版社の創業者・小沢和一氏である。時価とはそのときの値段・価値をさす。編集者はそのときそのときの力や働きによって評価され,その評価は常に変化する。時勢や鮮度によって上がったり下がったりするのだ。編集者は作る本の1冊1冊が勝負であり,一度ベストセラーを出したからといって,次の本も同じように売れるとは限らない。弁護士や医者のように資格があれば安泰という職業ではない。いつもいつも真剣勝負なのだ

一度でも自分で本を作ってみるとわかるが,編集という仕事はいろいろな知識や技術が要求される。しかし今のところ編集という職業に公的な資格はない。仕事の内容やレベルからすると,そうしたものがあっても良さそうであるが,我々の仕事は単に知識や技術に頼っていれば成り立つというものではない。むしろ毎日の動きのなかで読者が何を求めているかを嗅ぎ出す日々の感性こそ最も要求される能力だ。それは資格ではない。芸術家やプロスポーツの選手と同じく,毎回毎回その能力を問われ続けられる職業なのだ。

編集者は“時価”である

2.資格に頼らないことが第一の資格(その2)

青春出版社の創業者・小沢和一氏は「編集者の心得10カ条」を残している。前に紹介した「編集者は“時価”であり,…」はその10番目の項目である。そのほかの項目も,どれも肝に銘じておきたいものばかりなので,ここに紹介しよう。

  • 1.著者に依頼する前に企画の結論を想定してはならない。
  • 2.純粋性を失った編集者は問題をつかむ能力を持たない。
  • 3.読者の立場に立ち,常に謙虚であれ。
  • 4.本づくりの最初に読者の顔が見えているか。
  • 5.自己の存在位置を把握せよ。
  • 6.知識を土台として本当の知恵を身につけよ。
  • 7.裏付けのない観念論ほど足をすくうものはない。
  • 8.目の前にある全てのものは素材である。
  • 9.マスコミによる評価よりも読者の意見を優先させよ。
  • 10.編集者は“時価”であり,その価格は変動する。

以上である。読者を大事にし,現場を重視し,編集者の姿勢を大切にし,ベストセラー本を作り続けた青春出版社のリーダーらしい編集論である。

本づくりの最初に読者の顔が見えているか

3.他人の前で1時間は話ができるテーマを持っているか

編集者は自分なりのテーマが必要である。文学でも政治でもスポーツでも音楽でもなんでもよい。自分が興味・関心のあることがらを大事にしてほしい。そのテーマを継続的に持ち続け,追いかけ続けてほしい。編集者はオタクや専門家になる必要はない。しかし知識や情報,関心の度合いにおいて,常に読者より半歩くらいは前に進んでいたい。問われたら,自分なりの意見や考えを言えるくらいになってほしい。

私の14年間の編集講師稼業の中ではっきりわかったことは,編集の力が伸びる学生は自分なりに作りたい本・雑誌のテーマを持っている学生であるということだ。彼らは事前にそれなりの知識や情報を持っているだけでなく,取材したい意欲も十分にあり,さらに詳しく知りたいという欲求が強いため,積極性行動力があり,どんどん内容が深まっていく。教師や取材対象者とも対等に話ができ,それが自信になっていく。

いま自信のない若者が多い。きっと嫌なことをたくさん押しつけられてきたせいだ。成績だとか順位とか効率とかを気にして生きてきたせいだ。編集者の生きざまと正反対の生き方だ。自信を取り戻すためにも自分のテーマは必要なのだ

自分なりのテーマを持とう!

4.カラオケを真っ先に歌うことができるか

カラオケが嫌いでもよい。歌うことが苦手でも構わない。その場の雰囲気を盛り上げようとする姿勢があるかどうか。編集者はコーディネーターである。みんなを喜ばせ,その気にさせて,場を作っていくのだ。編集者は太鼓持ちでもあり,芸者でもあり,演出家でもあるのだ。

「編集者イコール板前さん」論はよく耳にする。私もこの本の最初に述べている。しかし「編集者イコール太鼓持ち」または「編集者イコール芸者」という見方はあまり聞いたことがない。しかし三者とも相手を喜ばせる職業だ。

いままで編集業は時代の先端を行く職業だと言ってきた。実際はほんの一部の編集者のことを指す。多くの編集者は,自分が表舞台に立ってリーダーとして旗を振ったり本を書いたりするわけではない。みんなほかのだれかにやってもらう仕事だ。それでいて自分の思いどおりになるようにいろいろな仕掛けをする仕事だ。黒子であり影武者でもあるだ。

太鼓持ちも芸者も旦那を喜ばす芸を持っている。芸は技術だ。旦那とは著者であり読者でもあるのだ。著者と読者を喜ばす仕事--まさに編集業だ。カラオケも1つの芸である。

相手が喜んでくれれば,しめたもの

5.同性の親友,異性の親友をたくさん持っているか

編集者は外向的なほうがよい。もっと言えば内向的な面を持ちながら外向的に振る舞える人がよい。気楽に何でも話し合え,長~く付き合っている友人を「親友」というが,同性・異性ともにたくさんの親友をもっているほうがよい。長い付き合いができるということはお互いに何らかの魅力があるからだ。親友が多いということはそれだけ魅力的な人間であるという証拠でもある。異性に好かれることは大事だ。

魅力的な人間」ということはどういう人のことか。一口では言えないが,いつも会いたいなと思う人,会って話したり聞いたりしたい人間である。自分の持っていない面を持っていたり,会っていると不思議と心が安まる人だ。少なくとも嘘をついたり,約束を破ったり,人を傷つけたり,誠意の感じられない人や心の冷たい人は論外だ。

編集者は人を編む仕事だ。自分自身が魅力的でないと人は集まってこない。「」という字がある。心が正しくて行いが人の道に合っていることをいう。中国では「徳のある人」は最も優秀な人物として尊敬される。古い言い方であるが,知っていて損のない言葉だ。徳を積むのは時間がかかる。

魅力的な人間になろう!

6.明日より今日を大事にできるか

私は学生たちに「編集」について語るとき,ある特殊な分野の特別な職業という見方をまず捨てるように言う。「編集」を「人間の生き方のスタイル」として普遍的にとらえることをまず提案する。私は「編集的生き方」と言っている。

明日より今日を大事にできる」という発想も「編集的生き方」の一つである。編集はいまこの世にある人的・知的・感性的・物質的素材の組み合わせ作業である。現在この世に存在するものをまず大事にしないかぎり編集作業は成り立たない。同時に今日一日を真剣に生きることによってはじめて豊かな明日が生まれるのだ。カーネギーという人は『道は開かれる』という本で,人間のさまざまな悩みの最大の解決法として「明日のことは一切考えず今日一日だけのことを考えよ」と提案している。私は何度もこの言葉に救われた。

編集の本来の「資格」は他人から与えられるものではない。また何か公的な機関から認定されるものでもない。日々作り上げていくものだ。周りを眺めてみよう。興味のあるものやできごとで一杯だ。今日を忘れて明日を心配している暇はない。編集のテーマと素材はいま君の目の前にある。

周りは興味のあるものやできごとでいっぱいだ

7.一週間に一度は書店通いをしているか

新しい本はまず書店に並ぶ。もちろん新聞や雑誌広告で新刊本の情報を知ることはできる。また書評コーナーや出版業界誌でベストセラー本のランキングを知ることはできる。しかし新刊本の実物をいち早く見ることができるのは書店

私は本屋に入ると心が落ち着く。棚に並ぶたくさんの本を興味の赴くままに眺めながら,店内をぶらつくのが好きだ。地元にいても出張中でも時間ができると本屋さんに入る。本屋さんは暇つぶしにはもってこいのところだ。本を買わなければお金はかからない。退屈はしない。他人の干渉もない。あっという間に時間は過ぎていく。もちろん買いたい本があって出かける場合が多いが,どちらかというと暇つぶしのほうがいろいろなヒントや発想・アイデア・思いが沸いてくる。

いまどんな本が出版されているか。平積みされている本はだれの書いた,どんな本か。雑誌はどんな特集を取り上げているか。どのコーナーに人が集まっているか。こうしたことを知ることはパソコンによる本づくりを勉強するよりも編集者にとっては大事なことだ。最近は店頭に並ぶ本の回転が早い。一週間に一度くらいは本屋さん通いをしよう。

本屋さん通いを趣味にしよう!

8.年賀状を100人以上出しているか

私は編集稼業をはじめて30年近くになるが,1年目のときから毎年必ず年賀状だけは出している。当たり前と言えば当たり前で,ことさら言うことでもないが,友人やお世話になった方々への感謝と自分の一年間の反省を込めて,それなりの思いを述べた年賀状を出すようにしている。

昨年は800枚になった。編集者としては少ないほうかもしれないが,相手はもちろん仕事でお世話になったりお付き合いのあった人,現在もお世話になりお付き合いのある人が大半だ。エディットという会社を作ってから枚数は急速に増えた。

私の仕事上の財産といえば,まず何よりも私の30年間の住所録である。いまは全部自分のパソコンにデータとして入力してあるが,同じものが手書きの住所録としてもすぐ近くにある。会社が火事や地震にでもあったら,真っ先に持って逃げる大切な宝物である。この住所録にある人たちに出会い,お世話になり,支えられて,今日まで生きてこられた。

人脈」という言葉がある。少し冷たい感じがするので,私は「」とか「出会い」という。「縁」「出会い」を大切してに生きられる人は幸せだ。編集者はそれが仕事になる。

縁や出会いを大切に!

9.話を聞くことが何よりも好きか

編集者は話し上手より聞き上手になれと書いた。「好きこそものの上手なれ」で,話を聞くことが好きな人は編集者に向いている。読書と同じように聞くことは「知ること」だ。

しかし聞くことはけっこう辛い行為だ。学校の授業を思い出せばわかる。ただ漠然と聞いているだけではおもしろくない。まして自分の興味のない話の場合はなおさらだ。そんなときはこちらからどんどん質問をして,自分の興味のある内容に相手の話を変えていくことだ。聞き役でも主導権をにぎる。メモを取ったり質問をしたり不明な点は聞き直したりして相手の言おうとすることを一つひとつ理解する--それが「聞く」ことだ。インタビューは編集者がリーダーだ。

私は話を聞くとき,まず姿勢を正し,頭の中の雑念を祓う。脳を空っぽにして耳に神経を集中させる。きちんと聞く体勢をつくる。聞くことも真剣勝負と思っている。一を聞いて十を知りたい。話の表面な内容だけでなく,話されているテーマの答えや話し手の心理・背景・理由・動機なども理解したい。そしてできたら相手にもっと知りたい内容や本人の気がつかない問題点,新しいテーマを提案したいからだ。

聞き取る能力を磨こう!

10.「徒弟」としての苦しい修行に耐えられるか

編集者は二枚目でないほうがよい。スマートでないほうがよい。編集者はスターではない。主役ではない。将来はヒーローやヒロインを育てる立場になるとしても,最初から監督になるわけにはいかない。あらゆる雑用と使いっ走りをする小間使いや助監督時代を経て一人前になっていく。

むかし職人の世界に徒弟制度というものがあった。親方・職人・徒弟という序列があり,手工的熟練を習得する養成制度だ。いまでは高度な職人的技能を伝える職業にわずかに残っているが,編集の世界もじつはこの職人的要素が強い。

私の分野である編集プロダクション業はまさに「職人業」である。取材・文章・原稿整理・校正の仕事は一朝一夕では身に付かない。社長は「親方」であり,中堅社員は「職人」であり,新人は「徒弟」なのだ。徒弟は叱られ叱られ仕事を覚えていく。親方や先輩の仕事ぶりをよく見て真似をする。手取り足取りはだれも教えてくれない。仕事のノウハウは盗むものだ。しかも編集プロダクション業は「サービス業」でもある。版元の厳しい要求にきちんと応えないかぎり成り立たない。そうした修行に耐えて初めて一人前になっていく。

親方や先輩から盗め!

11.私の編集者10訓

以下の文章は,青春出版社の小沢和一氏を真似て,私が27歳のとき「編集者のモットー」として,こうありたいと考えてまとめた10項目である。 長い間,机のマットの下にはさんで,自分なりの座右の銘としていた。ときどき眺めては「よし! 頑張ろう」と思った。いまから見ると気負いに満ち満ちているが,基本的な姿勢はそんなに変わっていない。

  • ① 編集者は,市民社会の底辺に呼吸するa communistでなければならない
  • ② 編集者とは,まずを追い求めるa poetでなければならない。
  • ③ 編集者は,何よりも自分以外のものに興味と関心を持ち続けるやじうまでなければならない。
  • ④ 編集者は,赤ん坊の鳴き声から哲学者たちの言葉まで耳を傾ける姿勢を持たなければならない。
  • ⑤ 編集者の基本姿勢は,現場主義不参加主義である。つねにそこに立つそしてそこに加わらないこと。
  • ⑥ 編集者は,「逃げもせず,気負いもせず」つねにやさしい眼を持たなければいけない。
  • ⑦ 編集者は,だれよりも,著者よりもその本に対して,表紙の頭から裏表紙のの尻まで知りつくし,なおかつ,いやがうえにも愛着責任を持たなければならない。
  • ⑧ 編集者は,いつも読者たちの<未来>を先取りしなければならない。
  • ⑨ 編集者は,貧乏でなければならない。それでいて貧乏に負けてはならない。
  • ⑩ 編集者は,つくづく自分に未練を抱き続けなくてはいけない。

いま読み返すと,当時のことを思い出す。本当に貧乏で本を買うお金がなかった。会社近くの図書館をいつも利用した。1回あたり3冊15日間借りられた。1冊は編集技術の本,2冊目は編集者が書いた編集論の本,3冊目は写真・デザイン関係の本に決めていた。鞄にはいつもこの3種類の本が入っていた。編集者として早く一人前になりたかった

自分の座右の銘をつくろう!