オンライン講座「本の世界観を作る具体的技術(演出力)」

講師:谷 綾子(たに あやこ)氏  文響社 編集者

【講師略歴】
株式会社 文響社 勤務 滋賀県出身。2005年高橋書店入社。1年の書店営業を経て編集部へ。『こころのふしぎ なぜ?どうして?』(57万部)を含む「楽しく学べるシリーズ」の立ち上げ、『料理のきほん練習帳』(40万部)など、主に実用書・児童書を担当。2014年より文響社にて『失敗図鑑』(20万部)、『一日がしあわせになる朝ごはん』、『休日が楽しみになる昼ごはん』(シリーズ15万部)、『うんこ漢字ドリル』などを担当。

 谷さんの講演は、昨年に予定されていたものですが、コロナの流行により、延期されていました。その間、谷さんは出産があり、6月ごろから仕事に復帰されたそうです。AJECの編集教室のオンライン講座としては、2度目で、今回から2000円の参加費を納入して受講するようになりました。今回に講演の中心は、どのように企画を考え、それを企画書としてまとめることと、そして企画が通ったらどのように本をつくるのか(演出)について、谷さんの実用書づくりの経験を踏まえた提案でした。以下、谷さんの講義の内容を簡単に紹介します。(詳しくは、AJECのHPで紹介されるものと思われます)

講義内容

  • こんな本を作りました
    • 児童書 『ちゅ』、『こちょこちょ』、『ぎゅ』、『まちがいさがし』、『失敗図鑑』、『こころのふしぎ なぜ? どうして?』など。
    • 実用書 『お食事のコツ事典』、『世界一美しい食べ方のマナー』、『一日がしあわせになる朝ごはん』『休日が楽しみになる昼ごはん』、『とにかく盛り上がる夜ごはん』など。
  • 企画作りの3つの視点
    1. 発想 企画の素材は「自分」であること。
      • 自分の悩みごとから。例えば、「料理がおいしく作れないんだけど」など。
      • 自分がもっと深く考えたいこと、知りたいこと、例えば「お金についてちゃんと知識を身につけたい」など。
    2. 読者(お客さん) 誰が、どうなれる本か?
      • 読者のコアは自分でいい。自分は特別ではなく、普通だから。
      • 「読者」というのは、自分とお客さんとの最大公約数
      • 「読者」と自分にはギャップがあるので、自分以外の読者についても知っておくこと。
      • 「これからどうなっていくのか?」というよその人の予想より、「自分のセンサー」のほうが確実という考えがすごいです。この辺は、前に講演をした池田るり子さんと同じだと思いました。
    3. 検証 「企画」から「企画書」へ
      • 検証その1 本当に作るべき本なのか? 「正直」であれ。
      • 検証その2 本当に買ってもらえる企画なのか? 「思い込み」をなくす。
      • 現場は書店であり、必ずデータを調べること。
      • 「企画は本音、企画書は建前」というのは面白いです。企画書というのは、「この本は出す意味がある」と思ってもらうためのもの。企画書は、自分にとっては「設計図」であり、見る人(会社など)には与信審査の資料になるというのも面白いです。
      • 「読んだあと世界の見え方が変わるか?」「世の中にほんとうに必要か?」「深さと美しさがあるか?」という問いかけや、「椅子のないところに椅子を置く」という発想は、鋭いですし、厳しい検証だと思いました。
  • 「演出」 本の世界観を作る7つの選択
    1. 著者
      • 「ほんとうに読者の思いに応えてくれる人かどうか?」を考える。
      • 著者のキャラクター性が本の世界観につながることがある。
    2. 造本設計
      • 本は、物であり、「どういう物質にしたいか?」をよく考える。
      • 判型、ページ数、用紙、刷り色などは、読者のどんな読み方を想定するかによって変わる。
    3. 構成
      • 「概念目標」を決める。
      • 入れたい要素を列挙する(拡散)こととそれを選択して配置(収束)すること。
      • 本の終わり方の工夫。
      • この「概念目標」という言葉は、本の世界観とでもいう意味のようです。「朝ごはん」は「自由」であり、「昼ごはん」は「冒険」であると言っています。朝ごはんは食べない人もいるくらいだし、自分の好きにして良いということらしい。だから、本づくりにもそうした自由感を入れたと言うことのようです。そうした自由さが本の紙面構成を作って行く基本になると言っていました。楽しい料理本です。
      • タイトルが浮かんだら、コピーに入れたい要素は、「はじめに」を書いておくのも後に役立つと言っていました。また、何からはじめたらよいか分からない時は、類書を台割に描き起こすということをやってみると、構成の世界を広げることに役立つとのことです。
      • 本のエンディングということは面白い発想だと思いました。本を読んだ人が、その本を読んでどう行動に移せるかどうかが大事だとのこと。谷さんは、自分の本を読んで、読者は変わるのであり、そのことを狙って本をつくっているようです。
    4. レイアウト
      • 紙面構成としては、ビジュアル面積と文字の量、余白のイメージ、読者にとっての良い目の導線などを考えること。
    5. デザイン
      • 概念目標を最も具現できる要素。
      • デザイナーさんに誰を選ぶかが大事。
      • 編集者は、自分でデザインできないので、デザイナーさんと話せるようになっておくこと。自分なりのデザインの勉強も必要。「つながれる言葉」を身につけること。
      • お薦め 『デザインの仕事 寄藤文平』 木村俊介(聞き書き)
      • イラストや写真を入れるにも入れる意味を考えること。
      • ビジュアル要素は、本の「温度」を決めてしまう。「ゆるい、ストイック、かわいい」など。
    6. タイトル・見出し
      • 立ち読み時にもっとも大切な文字要素。
      • 「期待」を感じられる(読みたい)ものにする。
    7. 文章
      • もっとも世界観を深く伝えられる要素。
      • 誰に頼むかが9割。
      • その人の経歴が文章にあらわれることもある。
      • 人は、○○っぽい文体だなと思いながら本を読んでいる。
      • リライトは、簡単ではない。ライターさんの尊重。
  • 世界観って
    • 「世界の見方を変えてくれる世界」のこと。
    • 読んだあと、見える景色が変わるか?
    • 「どうしても出ちゃう」無駄をナメない。
    • そもそも「作る」物ではなく、「にじみ出るもの」。
  • おすすめ
    • おすすめコント、おすすめマンガ、おすすめ本、おすすめテレビ
    • 谷さんの発想を支えている、あるいは参考にしてきたもののようですが、私はほとんど知らない世界でした。とても参考になりました。

感想

 講演を聞き終わって、いちばんショックだったのは、最後のおすすめを見て、私が知っていたのは、おすすめ本にある森下典子著『日日是好日』だけだったことでした。それ以外は、読んだことも見たこともなかったものばかりです。これは、年齢の差だけではなさそうです。

 多分、このおすすめを見たとき、多くの人は、私のようにそんなものがあるんだと驚いたのではないでしょうか。つまり、普通の実用書の編集者だとおそらくほとんど知らないものなのではないかと思われます。(違っていたら、ごめんなさい)

 これは、知識の欠如ということではなく、それだけジャンルが増え、娯楽が多様化しているということのせいだと思います。そして、それぞれの個人が、それぞれ多様な文化に接しているのだからだと思います。勿論、その中でも、谷さんは意識的にそうした多様な文化に触れているように思われます。おすすめを見ていて、そうした谷さんの好奇心の大きさに驚きました。

 著者にいろいろ注文をつけるとき、自分は読者の代表として、対等の立場で著者に接していますと言っていましたが、その自信はこうした好奇心を持って世の中を眺めていることからきているのだと思います。それが、企画の種を見つけることへの自信だと思います。「素人の自分だからこそ、こんな本が欲しいという企画が提案できる」という自信はすごいと思いました。勿論、データで検証することもしていますが。

 今回の講演では、企画書を作るまでと、その企画書が通り、本づくりをすることが、谷さんの自分自身の経験を取り上げながら、具体的に説明されていて、一つの本が出来上がって行く過程が目に見えるようでした。勿論、実用書をつくる過程は、これだけではないと思われますが、谷さんがつくった本の個性(世界観)はこうしてできているのだということがよく分かりました。

 書店や読者に向けてのプロモーションはあるのでしょうが、谷さんのつくった本は、表紙やタイトルなどをはじめ、一つの強いメッセージ性(世界観)を持った本(物)として店頭で自己主張しているようで、それが読者を引きつけたのだと思います。料理の本にこんな切り口があったのかということを知って驚きました。そして、「朝ごはん」や「昼ごはん」、「晩ごはん」に挑戦したくなります。できあがった本に、確かに「世界観」が宿っているのがよく分かりました。こういう本づくりもあるんだなと改めて驚きました。

 確かに、本づくりそのものの物理的過程は、それほど特殊なものではなく、一般的で普遍的な過程であり、方法だと思われますが、そこに込められた「世界観」によって、こんなに面白い本ができるのかと思いました。

 文響社のノルマとしては、年6冊で、大体2冊を同じ並行的に進めながらあと4冊を練っていくという本づくりのようです。著者やデザイナー、ライター、編集プロダクションとは基本的に徹底的に話合って問題を解決していっているようで、基本は正直で誠実な人なのだと納得しました。

 エディットにも、版元からタイトルのようなものと、大まかの企画の提案を渡されただけで、谷さんのような世界観を持った本を作る編集者はいると思います。勿論、版元の人ほど自由にできるわけではないので、とても窮屈な作業になりますが、日々、皆さん「演出」に力をこめている筈です。そして、そういう人たちは、日々、谷さんにように感受性を研ぎ澄まして、好奇心を持って、世の中を見ていると思います。読者が、作られた本に共感して、自分を変えていくような本をつくること(実用書の王道)は、編集プロダクションでも心しておくことだと思いました。

(文責:東京オフィス 塚本鈴夫)