AJEC・2022編集プロダクションフェア特別講演

【講義内容】◎オンライン講演「出版不況の先に見える「可能性」~DX時代の勝ち組戦略とは~」

講師:星野 渉(ほしの わたる)氏
文化通信社・専務取締役
1964年東京都生まれ。國學院大學文学部卒。1989年、文化通信社に入社。主に出版業界を取材。NPO法人「本の学校」理事長、日本出版学会副会長、東洋大学(「雑誌出版論」2008年~)と早稲田大学(「書店文化論」2017年~)で非常勤講師。著書に『出版産業の変貌を追う』(青弓社)、共著に『本屋がなくなったら、困るじゃないか』(西日本新聞社)など。 (AJECの特別講演案内より)

 久しぶりに編集プロダクションフェアがオンラインで開催され、その最後のプログラムに、文化通信社専務取締役の星野渉さんの講演がありました。

 インターネットの普及で、雑誌の売上が大幅に落ち、そのせいで取次システムが崩壊し、出版は不況になりました。その中で、電子コミックの隆盛や、サブスクリプション型の雑誌の成功、個人書店の展開など、コロナ禍の中で新しい動きが出てきて、これまで常に出版物の売上高は減少傾向でしたが、ここに来て、増加に転じています。

 星野さんは、そうした出版界の状況を分析しながら、デジタルの発展によって不況に陥った出版界は、デジタルによってまた再生しようとしていると話されました。

 以下、星野さんの講演の内容を簡単に紹介します。

<講演概略>

1 最近の出版状況
  • 2021年(1~12月)出版物販売実績を見ると、書籍・雑誌は、12,080億円で4.3%減だったが、電子は4,662億円で18.6%の増であった。
  • 出版市場は1996年の26,564億円をピークに減少を続けていたが、2019年頃から電子の売上増で、売上の減少が止まって伸び始めている。雑誌は、さらに減少している。
  • コミック市場も減少していたが、電子コミックと単行本は着実に増加していて、現在では、1996年より増加している。
2 最近の新しい動き
  • かつての大手雑誌出版社がコミック市場に参入している。
  • また、ブックウォーカーやパピレスなどが電子による海外展開をしている。
  • ピッコマなどのアプリ系電子コミックが拡大している。
  • 文字ものの電子書籍市場は、400億円程度だが、規模としては、ドイツやフランスなどと同程度である。
  • 図書館流通センター(TRC)の電子図書館システムを導入している自治体が増加。
  • 売上が減少する雑誌ビジネスが、電子化ではなく、ブランドビジネスに変化している。
    →雑誌ブランドを使って、紙版、Web、SNS、イベント、通販、ムック・電子書籍などへ。
    →集英社エデターズラボなどのように、雑誌づくりのノウハウを提供している。
3 出版不況は終わっている?
  • 取次システムが崩壊し、紙の出版物の売上は減少しているが、講談社、小学館など大手出版社は、売上は増加し、過去最高益を出すようになった。
    →電子や著作権などの収入が増加の最大要因。
  • 従来型の書店は、減少(ピーク時の3分の1以下)しているが、「ブックスキューブリック」(福岡)、本屋B&B(東京・下北沢)、Title(東京・荻窪)などの個人書店が増えている。
    →流通が多様化していて、書店開業志望者も多くいるようだ。
4 デジタル化が出版業界を変えた
  • インターネットの普及で雑誌(紙)の市場が急速に縮小し、取次システムが崩壊した。
  • スマホの普及でコミックが消費される場面が増え、読者層が急拡大。
  • SNSなどで発信できるから、小規模で、どこでも出版社・書店ができるようになった。
  • これからは、紙と電子に対応したDXによる出版プラットホームが必要。
    →メディアドゥ、DNPグループ、CCCや、新しくなった日販・トーハンに注目したい。
    ○グーテンベルクの印刷術は「製造技術」と「流通」の革命だった。デジタルは、出版の「製造技術」と「流通」に革命を起こしている。これからの変化に注目したい。新しい可能性に期待。

    <感想>

     今回の星野さんの講演は、出版物の売上高の推移や、講談社など大手出版社が過去最高益を更新している状況を分析して、出版界で現在起きていることを分かりやすく解説してくれました。インターネットの普及の中で、雑誌の売上不振の結果、雑誌の流通に依存していた取次システムが崩壊しているとの指摘が、印象的でした。

     確かに、新しい書店が生まれていますが、そのほとんどが、本だけの販売ではありません。喫茶店だったり、雑貨の販売だったりと併売しています。つまり、紙の本だけの販売では、すでに、店としては成り立たなくなっているものと思われます。

     このことは、出版社の販売実績においても、紙の本では、利益が出ていないことと対応しているように思われます。書店販売をメインにいろいろな活動をしていた取次が、なかなか利益を出せなくなったこととも関係しています。

     インターネットがいちばんの影響を与えたのは、雑誌であり、雑誌の売上は、1996年のピークの3分の1にまで減少しています。おそらく、ほとんどの雑誌が、すでに利益が出ていないと思われます。それほどに、雑誌の凋落は、取次、書店の経営に打撃を与えているようです。

     星野さんの解説では、アマゾンの存在の意味や、楽天市場などの状況と可能性について直接触れられていませんでしたが、アマゾンさえ、紙の本の販売では、ほとんど利益が出ていないと聞いています。そして、アマゾンは、すでに本だけの販売ではなくなっています。アマゾンでは、いろいろなものが販売されています。そして、すでに出版界の物流より大きな物流システムを実現しています。

     アマゾンに似たサイトに楽天市場がありますが、楽天市場とアマゾンの決定的違いは、マーケットプレイスの存在にあります。アマゾンでいちばん利益を出しているのは、AWS(Amazon Web Service)ですが、同じように、モノの販売も可能なように、店舗を貸し出しているわけです。楽天市場では、店舗はそれぞれの店が自前で持ち、それぞれの店舗が注文に対応しています。そして、楽天市場というプラットホームを経て購入されているという仕組みになっています。(アマゾンの古書店などは、楽天市場のような取り扱いのようです。このことを通して、アマゾンでは、再販制に従った本と、再販制を外れた本とが併売されています。)

     ところで、星野さんが指摘された、Lineマンガなどではやりだした、縦スクロールのスマホ用のマンガ形式の隆盛は、興味深い傾向だと思いました。現在またもやブームになり始めた韓国ドラマは、こうした縦スクロールのマンガを原作にしているものが多いと聞いています。おそらく、韓国では、マンガは、主としてスマホで見られていると思われます。明らかに、見開きページを想定した日本のマンガと違って、巻物のように縦に流れていくマンガになっています。勿論、縦スクロールのなかに微妙なコマ割りが施されています。明らかに、縦スクロールのマンガは、スマホにより適応した形式だと思われます。

     それはさておき、これからの出版プラットホームは、電子と紙との共存が必要と星野さんは強調されていました。少なくとも、出版はデジタルファーストで進んでいます。つまり、製作はデジタルで行われ、あるところで紙媒体に展開され、別のところではデジタル形式で展開される場合があるというようになっています。アウトプットが多様になっていますが、製作はデジタルが優先になっていると思われます。つまり、すでに出版界ではデジタルが主で、紙媒体は副という役割になっているのではないかと思われます。

     また、小説を読むという行為が、コミックを読むという行為に変わっているということもあるかもしれません。つまり、優れたコミックは、小説を超えているとも言えます。それほどに、コミックは進化したのだと思います。それと同じように、これから、デジタルのメディアで、何が起きるのかがとても興味深いと思いました。

     読書が他人の経験の追体験だということであれば、私たちは、Webの世界のメタバース(仮想現実)のなかでもそれが可能になっています。私たちは、メタバースの中で、誰かになりきって、その体験をすることが可能になるのかもしれません。メタバースとはそういう構造を持っています。つまり、私が私のままでもいいのですが、登場人物になって物語の中に入りこんでいくことができるわけです。そこでは、常に新しいことが創造されて、そして体験されることになります。

     星野さんは、「本の学校」の理事長であるところから、紙の本はまだまだ捨てたものではないよということを強調されていましたが、私はVRのことなどを考えながら、星野さんの講演を聞いていました。これからの出版のあり方と可能性は、紙だけにとらわれない多様性のなかで発展していくものと思われます。

    (文責:東京オフィス 塚本鈴夫)