AJEC編集プロダクションフェア・特別講演「これからの時代と編集者〜ヒット作品を作り続ける秘訣〜」を受講して
【講義内容】
◎オンライン講座「これからの時代と編集者〜ヒット作品を作り続ける秘訣〜」
講師:加藤晴之(かとう・はるゆき)氏
講談社「週刊現代」元編集長/書籍編集者/加藤企画編集事務所代表
【講師略歴】
加藤企画編集事務所代表。1980年講談社入社、フライデー編集長、週刊現代編集長などをつとめ2016年に退社し、現職。編集した本に、『海賊とよばれた男』(百田尚樹・著 2013年本屋大賞)、『僕は君たちに武器を配りたい』(瀧本哲史・著 2012年ビジネス書大賞)など。近刊では、『起業の天才! 江副浩正8兆円企業リクルートをつくった男』(大西康之・著 東洋経済新報社)。名誉棄損訴訟の山を築いた「山賊と呼ばれた男」を脱皮、目下、真面目に書籍を制作中。(HONZ〈https://honz.jp/articles/-/46025〉より)
AJEC主催の「編集プロダクションフェア2023」の最後に加藤晴之氏の講演がありました。とても面白い講演で、加藤さんが紹介してくれた(自身が編集に関わったものが中心)本もとても興味深く、特に何度も強調されて紹介されていた最近出た日野田直彦著『 東大よりも世界に近い学校』(TAC出版/2023.2.15)は、すぐにKindle版を買って読んでしまいました。
「1を100にする」より、「ゼロを1にする」ことのほうがとても難しいとおっしゃる加藤さんは、今の出版界の状況が「ゼロを1にする」、つまり挑戦する力が落ちていると危惧されているようでした。
ちょうどWBCで日本が優勝した直ぐ後の講演だったので、WBCの感想からスタートした講演は最後まで、面白く聞くことができました。
<講義内容>
●WBC(World Baseball Classic)について(導入)
・MLBが作ったWBCは大成功であり、大谷翔平選手や佐々木朗希選手は選手としてデビューしたときは批判されていたが、栗山監督の采配によりWBCでは大活躍した。また、2人は多様性の社会にぴったりのキャラクターである。
・サッカーの日本代表も体質を変えて成功した。現在の出版界でもそうした姿勢が大事。
・1を100にするより、ゼロから1を作り出すことの方が難しい。
※ピーター・ティール著『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』NHK出版 (2014/9/27)
●本作りについて
・個人として書籍に関わっているが、個人ではメディアは作れない。
・書籍を作るためには、誰に書かせるかが大事であり、ユニコーン企業を探すように、新しい人を求めることが大事である。
※百田尚樹著『海賊とよばれた男』(講談社/2012.7.11)の本づくり秘話。
・東野圭吾さんのように、常に新しい分野に挑戦している人も素晴らしい。
・チームづくりを心がけ、多様な人と組むことが重要である。
・また、「読者が何を求めているか」というマーケティングも大切である。
●テーマの選び方について
・マスコミが取り上げないようなことで、実際に起きていることに注目することが大事であり、編集者が勉強していれば、セレンディピティが起こる。
・これからの本づくりはチームでやるべきであり、多様な人と組むことが重要である。
・「本日、校了!(https://honjitsukoryo.com/)」の若い女性編集者たちの話は面白い。
●出版界について
・これからは、雑誌はなくなっていくと考えられ、ネットフリックスなどのサブスクの時代になるだろう。
・漫画だけが出版界を引っ張っており、漫画は電子に移行し、サブスクで読むことが可能である。
・しかし、Webにあるコンテンツは、基本的に言語でつくられたものであり、メディアは変わるが、本が基本である。
<感想>
加藤晴之氏が編集に関わり講演で取り上げられたのは、百田尚樹著『海賊とよばれた男』(講談社/2012.7.11)、梶山三郎著『トヨトミの野望』(講談社/2016.10.18) 、大西康之著『起業の天才』(東洋経済新報社/2021.1.29)、 筧裕介著・認知症未来共創ハブほか (読み手)『認知症世界の歩き方』(ライツ社/2021.9.15)、日野田直彦著『 東大よりも世界に近い学校』TAC出版 (2023/2/15)などですが、みな面白そうです。出たばかりの『東大よりも世界に近い学校』は何度も言及されていましたが、気に入っている本のようです。
『海賊とよばれた男』については、本づくりの過程を詳しく話されました。よその出版社から出て、講談社文庫になったばかりの『永遠の0』(太田出版/2006.8.23)はまだそんなに売れていなかったそうです。たまたま別の本の帯を書いてもらうために百田さんに会いに大阪に行ったのが初めての出会いだったようで、そこで同い年だった百田さんとの縁ができたとのこと。出光興産創業者・出光佐三の面白いエピソードを知って、百田さんに資料を送って書き上げてもらったのが、ノンフィクションの手法の小説の『海賊とよばれた男』という本です。百田さんは、いろいろな本を書いているが、全て違ったジャンルの人の話であり、それぞれがとても面白く仕上がっていることを知っていて、この依頼が大成功に結びついたようです。
この話を聞いたとき、昔、私が代表を務めていた大衆文芸の小さな出版社で、浅田次郎の『日輪の遺産』(青樹社/1993.8)を出して、あまり売れなかったことを思い出しました。小さな出版社の新人のハードカバーの小説はなかなか売れないものです。でものちに、この作品が講談社の編集者の目にとまり、懇談社文庫になりました。それだけでは、なかなか売れなかったようですが、その後、講談社から『蒼穹の昴』(講談社/1996.4.18)というベストセラーが出版されることになりました。それ以来、版権料をかなりもらえるようになり、浅田次郎の本がよく売れるようになったことを思い出しました。そのときに、講談社には、多分加藤さんのような編集者がいたのだろうと今更ながら納得しました。
加藤さんが、『本日、校了!』というWebサイトに出演して、池田るり子さんがつくった川口俊和著『コーヒーが冷めないうちに』(サンマーク出版.2015.12.6)について話を聞いたという話がありました。この池田さんも以前AJECの編集講座で話を聞いた人ですが、本づくりに向かう姿勢は似ていると思いました。みな、自分がまず著者やテーマに興味を持ち、それを基本にして本をつくっています。そして、それぞれ、著者との出会いや、テーマの見つけ方に個性があります。こういう若い編集者との付き合いも加藤さんの編集者の財産になっているようでした。
加藤さんの話は、直接的には、われわれ編集プロダクションの仕事とは関係がないかもしれません。しかし、加藤さんが編集協力してつくられた『東大よりも世界に近い学校』の日野田直彦校長の教育論と日野田さんが実際にやっている学校教育の改革は、興味深いものがあります。なぜなら、日野田さんが学校教育で育てようとしているのが、まさにゼロから1をつくることのできる子どもたちだからです。そこで工夫されている教育のあり方は、私たちの教材づくりにも関わってきます。教育の変革が言われはじめて久しいのですが、まさに求められている人材育成のためにどんな教育が必要か、具体的に提案されています。
日野田さんのやったことは、詳しくは、上記の本を読んでいただくとして、日本の学校教育が、東大を頂点とする階層化された大学への入学のための教育になっている中で、子どもたちに多様な生き方を提案し、実践させたことです。そのポイントは、日本の大学という枠から離れて、世界の大学への進学に挑戦させるということでした。日野田さん自体が、帰国子女として、日本の教育になじめなかった経験がその原点にあるようです。本当は日本の子どもたちも本心では今の学校教育になじめないのに、同調圧力のなかで、個性を引っ込めてひたすら受験体制に従っているだけだということでもあります。今では、日野田さんの学校説明会には、1万人を越える参加者あるそうです。
加藤さんは、ChatGPTを大隕石の落下だと言っていました。多分、加藤さんは、ChatGPTというAIは、1から100を作る装置であり、ゼロから1を作るのは、人間にしかできないと言いたいようです。その通りだと思います。でも、ChatGPTのすごさは、Chat機能を使って私たちがAIを操作できるということです。名古屋大学の学長が、ChatGPTにつくらせた祝辞を紹介していましたが、それなりに祝辞になっています。多分、「普通の祝辞」としては、完璧ではないかと思われます。
ChatGPTは、人間の質問に答える装置です。そして、その回答は、質問の質に依存しています。Lineで話題になっている「AIチャットくん」は、ブログラミングは専門ではない渋谷幸人さんが、ChatGPTを使って一晩でつくったアプリだそうです。つまり、ChatGPTは、プロンプトエンジニアリングに長けた人が使えば、ある意味ではゼロから1をつくれてしまいます。それだけでなく、多分、教育の現場で使われるようになれば、教師のライバルというより、児童生徒の強力な助っ人になると思われます。もっとも、今の学校がそんな使い方をするかどうかは分かりませんが。
今回の加藤晴之さんの講演は、話も面白かったですが、加藤さんがつくった本にとても刺激を受けました。現在では、編集者が黒衣を脱ぎ捨て、自分でも本をPRしたり、自分で起業したりする時代になりました。加藤さんも起業家になったわけですが、編集者としての企画会社を起業するのは、多分、厳しい道であり、それなりの覚悟と経験と情報力と人間関係づくりがあってはじめて可能なのだということも理解できました。勿論、挑戦する価値があるということも。
(文責:東京オフィス 塚本鈴夫)